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プロフィール

27歳、×2子持ち。職業・キャバ嬢。
娘の小学校入学前に昼間のマットーな職業につくべく奮闘中です♪

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体の異変

就職してすぐのこと。
何がきっかけだったかは覚えていないけれど、父親と喧嘩をした。
「こんな家出ていく!」
荷物をまとめて家を出ようとした時、ずっと疑問に思っていたことを父にぶつけた。
「…なんであんなことしたの?」

父からの答えは私の予想とは違っていた。

「愛してたから」

そんな答えを望んでいたわけじゃない。
性のはけ口だったと言われたほうがどれだけよかったか。
「愛」って何?

家を出て、彼氏の家に身を寄せて、すぐに1DKのアパートを借りた。
そこで生活するうちに、体の異変を感じた。
熱が下がらない。
体が重くて動かない。
そんな状態がしばらく続いて、仕事もままならなくなり、辞めることを決めた。

一日中家で彼氏の帰りを待っている間、寂しさからかなんなのか、出会い系サイトに
はまってしまった。
私がはまったからか、彼氏のほうが先だったかわからないが、二人ともはまってしまっていた。
実際に会ったり、体の関係を持ったり、お互いそんなことをしていた。
壊れてたんだと思う。
「死にたい」と思うようになったのもこの頃。
夜になると死にたくなる。
死ななきゃいけないような気がしてくる。
そんな私のめんどうを見てきた彼は、さぞかし大変だったことだろう…。

ずっと不安定な状態から抜け出すきっかけをくれたのは、彼からの「結婚しよう」という言葉。
どうしようもなくバラバラになってた二人を元に戻したくて、必死でつなぎ止めたくて、出した結論。

彼の両親は賛成してくれた。
私の両親にも報告したが、
「勝手にしろ」
と言われただけだった。
入籍をしてすぐは、気持ちも落ち着いていた。
早く子供が欲しくて、でもすぐにはできなかった。

初めて夜の仕事をしたのは、知り合いに手伝ってくれといわれて行ったスナック。
そこでまた悪い病気が顔を出すようになる。
いろんな男を漁るようになっていた。
ただの浮気性なのかもしれないけど(=_=;)
スナックを辞めて会社に勤めるようになってからもそれは続いた。

そんな時に妊娠が発覚。
でもそれは、浮気相手の子じゃなく、間違いなく旦那の子供だと、何故か自信があった。

幸せだったのも最初だけで、妊娠5ヶ月くらいの時、旦那の帰りが遅くなった。
浮気の確証は得られなかったけど、女の勘ってやつ。
問いつめたら、
「愛してるかどうかわからない」
そう言われた。
今思えば、「そりゃそうだ」なのだけれど^^;
愛されてないのなら、こんな子供いらない、とばかりに水風呂に飛び込んだり無茶なことをした。
2007. 02. 28(水) 15:28

二十歳まで

高校の時、まだトンネルに入ったばかりの私は、入り口の明かりがあったからか、
それほどそこを暗い場所だとは思わなかった。
トンネルに入ってから、唯一まともな時期だった。

高校卒業と同時に一人暮らしをしたいと言った私の提案は、
「そんな金はない」
と一蹴された。

専門学校に入学した年の夏、彼氏ができた。
彼にも過去のことをすべてうち明けた。
男子ばかりの学校で、一度、男性恐怖症のような状態になったことがある。
そのあたりから、今自分の立っている場所が、すごく暗い場所であることに気づき始めた。
中学の時よりも深い傷を作るようになっていた。
同じクラスの子と浮気をしたり、ホント彼にはひどいことをしたな…と思うけれど、
誘われたら断れない体になっていた。

父は暴力的な人で、まだ幼い私を床に叩きつけたり、いまだに残っている傷がいくつかある。
夜中に父が私の部屋に来た時も、
「嫌だ」
と拒むことだってできたはず。
それをしなかったのは、殴られるかもしれないという恐怖心からだった。
それが今でも私の中に根強く残っている。

無事専門学校を卒業して、もう一度、
「一人暮らしをしたい」
と言ってみた。
結果は同じ。
「まだ就職してすぐで、給料も安定していないのに…」

不満も恐怖感も憤りもあったのに、何故か私は仮面家族を続けていた。
2007. 02. 28(水) 15:16

まだ気づきもしなかった頃

母はスナック勤めをしていた。
父は会社員だった。

それは小学校5年頃から中2まで続いた。
父親からの性的虐待。
母にうち明けることができずにいた。

ある日ちょっとしたことがきっかけで、父が本当の父親でないことを知った。
私が2歳の時に再婚した相手で、離婚した「血の繋がった父親」は他県にいると知らされた。
その頃には、夜父が部屋に入ってくることはほとんどなくなっていた。

当時好きだった男の子と「した」のが今でも初体験だったと思っている。
そう、信じたい。
それから狂ったようにお互いの体を貪り合っていた気がする。
覚えたての猿とはよく言ったもので^^;
それも、今思えば、
「こんなこと、怖くも何ともない」
って思いたかったからなのかもしれない。

怖かった。
好きな人に抱かれている間も、父の酒臭い息の臭いや荒い息づかいが聞こえてくるんじゃないか、って。
それを消したかった。

リストカットもした。
ごく浅い傷で、誰にも気づかれない程度だったけれど。

ある日、ほんのささいなきっかけで母にうち明けることができた。
泣きながら「離婚する」と言ってくれた母を見て、救われた、と思った。
それもたった一日のことだったけれど。

翌日母から、
「やっぱり離婚はできない。この歳で一人になりたくない。
まだ奥までは入ってないよ。そういうビデオもあるけど、見る?」
そう言われた時、本当に世界が真っ暗になったように感じられた。

この時、私は長い長いトンネルに入り込んでしまったんだと、思う。
2007. 02. 27(火) 22:54

あ、忘れてた

報告するの忘れてました
財団の試験は不合格でした

一日へこんでたけど、もう立ち直って、7月に再挑戦するために頑張ります
2007. 02. 27(火) 22:08

前置き

私は今、トンネルの出口にいる。
一歩進めば、そこは明るい世界。
一歩戻れば、また暗いトンネルの中。

それでも、私がトンネルの中にいることを気づいてから14年、この暗く長いトンネルを
歩き続けてきたことを思えば、それは言葉に現せないないくらい「すごい」こと。



ずっと抱えてきたことを、何人かの友人には話してきた。
話すことで、かなり救われた。
話すことが何よりもの治療だった、と今なら自信を持って言える。

出口にいるはずの私が、それでもなお、ブログを媒体として、不特定多数の人の目に過去を晒そうと思ったのか…
…それは復讐でもあり、これが自分自身での最後の治療になるだろうと思ったから。
三幸のブログに書き込むことを決めたのは、医療事務を目指す一つの理由にもなっているから。


自分の足を前に踏み出すか、後ろに戻るか、そのたった一歩で世界が正反対になる。
ずっと求めていたはずの明るい世界が、あと一歩踏み出すだけでそこにあるのに、私は怖くて躊躇してる。
むしろ回れ右をして、元いた暗いトンネルの中に走り出したい衝動にさえ駆られる。
やっと望んでいた出口にたどり着いたのに、今までになく不安で仕方がない。

全てを書き終える頃には、トンネルのむこうがわへ踏み出す勇気も出てくるんじゃないか…
そんな淡い期待をこめて、書いていきたい。

自分でも「昼ドラ1本作れるんじゃないの♪」って自負するくらいドロドロしているので、
そうゆうのが苦手な方はとばしてくださいね
2007. 02. 27(火) 21:35

趣味が引っ越し??

久しぶりに更新します。

勉強の日々から離れてしまうと、どうしてもここにも足が遠くなってしまいますね
修了して、まだ就職活動してるわけでもないのにブログ更新していいものかどうか…。
予定していた介護事務のほうも、今経済的に余裕がなく、始められません

夜の仕事を始めてもう5年。
お客さんからもよく、
「だいぶ貯まったでしょ」
なんて言われますが、貯金?そんな言葉知らないわ、ってくらい何も残ってません
何故かといえば、20歳で家を飛び出してから、そろそろ8年経ちますが、引っ越すこと11回ww
引っ越し貧乏なわけです。

毎回それなりに理由はあったんですよ。一応。
どうしようもない男から逃げるために県外逃亡してみたり、家賃の安さに負けて住み始めた
ものの、とてもじゃないけど人間が住むような場所じゃないことに気づいて1ヶ月ほどで転居したり。
隣近所の干渉がひどかったり。などなど。
さらには2回目の旦那の借金返済に今までの貯金はたいたもんだから、そりゃ何も残りませんがな

そしてまた引っ越しを計画している私←バカ。

就職するにあたってやっぱり実家に近い方が何かと安心だし…とダーリンを説得している最中でございます。
でも、いかんせん先立つものがないのでは引っ越しもできず。
故にどんなに嫌なタイプのお客さまにも笑顔笑顔で指名を取れるよう精進している毎日です。
2007. 02. 07(水) 10:40