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27歳、×2子持ち。職業・キャバ嬢。
娘の小学校入学前に昼間のマットーな職業につくべく奮闘中です♪

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一番暗かった時代

それでもどうにか持ちこたえた私達夫婦は、やはりどこか欠落していたのかもしれない。
麻痺していた、というべきか。

出産前後2ヶ月くらいが一番幸せだった。

距離を置いていた両親とも、私が仮面をつけることで、いや、みんなそれぞれ仮面をつけていた
のかもしれないが、私の子供を中心にまた「普通の家族」に見えるようになった。

生まれてきた子は女の子。
初めて「じぃじ」となった父に抱かせた時、嫌悪感に襲われた。
将来この子も私と同じような目に遭うのではないか、と。
母にうち明けた後は何事もなかったのに、いまだに怯えている私がいる。

しばらくは穏やかな日が過ぎた。
夜泣きに悩まされるくらいだった。
そして、旦那の帰りが日に日に遅くなり、朝帰りすることもしばしばだった。
初めての育児にお互い疲れ、戸惑っていたのだと思う。

私は必要以上に旦那を責め、旦那はまた朝帰りの悪循環。
まだ小さかった娘に八つ当たりすることもあった。
「死にたい」と思う毎日。

これではいけない、と思い、心療内科を受診することを決めた。
おざなりなカウンセリングで何種類もの薬をもらい、帰ってきた。
毎日朝まで旦那の帰りを待ち、静かに、けれど確実に私は壊れていった。

リストカットを繰り返した。
私の中で、「生きたい」と「死にたい」は同じ重さで存在していた。
生きていくために、私は繰り返していた。
矛盾しているように思われるかもしれないけれど…。
腕を切って、血が出ていくと、私の中の汚いものが一緒に流れ出ていくような感じがした。
きれいになれた気がした。
と同時に、痛みを感じることで「今、生きている」ことを実感したかった。
自分自身を傷つけることで、今までの自分を罰しているような気分になった。
いろいろな理由があったけれど、その中に「悲劇のヒロインぶっていた」っていうのもあるのかもしれない。

夜中に泣きながらお酒を飲んだ。
ふと手元に薬の袋があるのに気づいた。
旦那が帰ってくるまでに、1錠ずつ飲んでいった。
何錠飲んだのかは覚えていないけれど、気づいた時には病院のベッドの上だった。

それを二度繰り返した。

体調が落ち着いた頃、母が訪ねてきた。
私の左腕の傷を見つけるなり、
「そんなことしたって死ねないよ」
そう言われた。
そんなことは知ってるし、もとより死ぬつもりなんてなかった私にとっては、的はずれな言葉。
そんなことしか言えないのだろうか…と、私の心は前にも増して冷え切っていった。
2007. 03. 01(木) 15:39