|
|
この記事のURL
 
Comment(0)
 
今日までは座って授業。
先生とは、説明会の時にお会いしましたので
なんだか安心
緊急報告
ウエディングドレスの販売を
人に喜ばれて、楽しげできれいで
幸せでいて楽なお仕事ね・・
とおっしゃる方が多いのですが・・どうですか?
第二の人生とも言える おめでたい日の為に
スタッフは、手前でお手伝いをし
お客様は今まで蓄積したものへ決算をし
新たな未開の地へ飛びたたれるわけで
時折、お客様の未来を垣間見たりします
私は白いロングのドレスに導かれ
この仕事に従事しました。
お似合いになられそうなドレスを選び
コーディネイトを重ね美しく
お客様の笑みは輝いていて快く
辛いことも感動に変えてくれます。
責任は、常に。
しかし、完璧にこなすは・・・難しく
切磋琢磨。
仕事は忙しく意外にも重労働
どこか戦士にも思えてきます
競争社会の中で勝ち生き抜くこと
そして、それに伴いリアルに金銭を得るという
それも快感となるのであれば
働き続けることは出来ます。
きっと 携わっていなければ
「ありがとう」「ごめんなさい」も
言えない人でしたでしょう


私は本来、極度の人間嫌いでした。
保育の頃から学生、そして大人へと
虐めに逢わない日はなかったのです。
心身弱い自分を守るために
ある時期まで笑顔の陰で
心を閉ざしていました。
人を好きになるためには
強くならなければとあがきました。
当然、お客様にも
コテンパンに痛めつけられ
「同じ人間なのに・・・」と悲しみ
トコトン傷つくわけです。
時には、よかれと思ったことも仇になったり
なかなか気持ちは伝わりません。
逃げ出してしまったことも・・・・
次第に弱虫が持とうとしている強さは
醜くく傲慢な姿に変わって行きました。
私が仕事を長く続けられたには
いくつかの理由があります。
中でも ひと握りの人間からの
温かさに
支えられていたということ。
次第に相手の中に自分に無いものを見つけて
尊敬し、かわいくも
思えてきました。
そうした心が荒んでいく中で
常に葛藤を繰り返し
浄化しなければと足掻いていたのです。
絶対、失いたくなかったこと
「人として どうあるべきか」
欲に縛られることを拒みながら
ささやかに残された
プライドだったといえるかもしれません
そんなお仕事も23年目の今年
退職を致した次第です。
得るものはありましたよ。
授業で先生のお話と重複するところです。
介護にもとめられる倫理
・自己覚知
・信頼関係を築く
(受容・共感・傾聴)
・謙虚で柔軟な対応
どれをとっても難しいと感じていたことでした。
まだまだ教わることが沢山ですね。
守秘義務については新たに加わる課題かな。
私は、幼い頃から病気がち
父は、前立腺癌
母は、私が小学生の頃から
入退院の繰り返し。
胃がないため、食が薄く痩せています。
胆嚢・子宮切除
膵臓を痛め・
腸も腫瘍を切除。
度重なる手術に耐え
今は、横隔膜の異変とやらで
呼吸が苦しいのです。
肩の骨も外れて痛がって
それでも、生きて歩けるのですから
凄いです。
生命力が不思議でなりません。
それから、母を支えてくださった医師等に
感謝です。
介護の学習は
両親(利用者)の自立というより
私自身(介護者)の
自立でもあるようにも思えてきます。
もしも現代社会で子供達に教育の機会をもたらすことが出来るならば
人間の尊厳や福祉についての教科が
組み込まれるといいのに。
幼くして自然に学んでいける
環境であればいいのに。
さて・・・・・
私はICFプラス思考を意識しながら
頑張ろうと思います。
先生とは、説明会の時にお会いしましたのでなんだか安心

緊急報告

ウエディングドレスの販売を

人に喜ばれて、楽しげできれいで
幸せでいて楽なお仕事ね・・
とおっしゃる方が多いのですが・・どうですか?
第二の人生とも言える おめでたい日の為に
スタッフは、手前でお手伝いをし
お客様は今まで蓄積したものへ決算をし
新たな未開の地へ飛びたたれるわけで
時折、お客様の未来を垣間見たりします

私は白いロングのドレスに導かれ
この仕事に従事しました。
お似合いになられそうなドレスを選び
コーディネイトを重ね美しく
お客様の笑みは輝いていて快く
辛いことも感動に変えてくれます。
責任は、常に。
しかし、完璧にこなすは・・・難しく
切磋琢磨。
仕事は忙しく意外にも重労働
どこか戦士にも思えてきます

競争社会の中で勝ち生き抜くこと
そして、それに伴いリアルに金銭を得るという
それも快感となるのであれば
働き続けることは出来ます。

きっと 携わっていなければ
「ありがとう」「ごめんなさい」も
言えない人でしたでしょう


私は本来、極度の人間嫌いでした。
保育の頃から学生、そして大人へと
虐めに逢わない日はなかったのです。
心身弱い自分を守るために
ある時期まで笑顔の陰で
心を閉ざしていました。
人を好きになるためには
強くならなければとあがきました。
当然、お客様にも
コテンパンに痛めつけられ
「同じ人間なのに・・・」と悲しみ
トコトン傷つくわけです。
時には、よかれと思ったことも仇になったり
なかなか気持ちは伝わりません。
逃げ出してしまったことも・・・・
次第に弱虫が持とうとしている強さは
醜くく傲慢な姿に変わって行きました。
私が仕事を長く続けられたには
いくつかの理由があります。
中でも ひと握りの人間からの
温かさに
支えられていたということ。次第に相手の中に自分に無いものを見つけて
尊敬し、かわいくも
思えてきました。

そうした心が荒んでいく中で
常に葛藤を繰り返し
浄化しなければと足掻いていたのです。
絶対、失いたくなかったこと
「人として どうあるべきか」
欲に縛られることを拒みながら
ささやかに残された
プライドだったといえるかもしれません

そんなお仕事も23年目の今年
退職を致した次第です。
得るものはありましたよ。
授業で先生のお話と重複するところです。
介護にもとめられる倫理
・自己覚知
・信頼関係を築く
(受容・共感・傾聴)
・謙虚で柔軟な対応
どれをとっても難しいと感じていたことでした。
まだまだ教わることが沢山ですね。
守秘義務については新たに加わる課題かな。
私は、幼い頃から病気がち

父は、前立腺癌
母は、私が小学生の頃から
入退院の繰り返し。
胃がないため、食が薄く痩せています。
胆嚢・子宮切除
膵臓を痛め・
腸も腫瘍を切除。
度重なる手術に耐え
今は、横隔膜の異変とやらで
呼吸が苦しいのです。
肩の骨も外れて痛がって
それでも、生きて歩けるのですから
凄いです。
生命力が不思議でなりません。
それから、母を支えてくださった医師等に
感謝です。
介護の学習は
両親(利用者)の自立というより
私自身(介護者)の
自立でもあるようにも思えてきます。
もしも現代社会で子供達に教育の機会をもたらすことが出来るならば
人間の尊厳や福祉についての教科が
組み込まれるといいのに。
幼くして自然に学んでいける
環境であればいいのに。
さて・・・・・
私はICFプラス思考を意識しながら
頑張ろうと思います。
2008. 06. 24(火) 23:50





