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ということを思ったことがありません
自己犠牲の精神なんて
何もないと思います

介護や医療に関わる人は
一般的に自己犠牲の精神が強く
人のために、という気持ちをもっているといいますが
(もちろんきっといろいろ例外はありつつ)
私はその一般的に言う
人のためになりたい
という気持ちがよくわかりません。
人のためになる
という言葉自体
私がいうとどうも傲慢で押し付けがましい気がして
なんだか身の程知らずというかなんというか・・
色々な状況や常識を見て予測をすることはできても
その人が本当にしてほしいことなんて
わかりようはなくて
それは健常者でも障害者でも関係なく。
ただ
道でおばあちゃんが重い荷物もって困ってたら
持ちましょうかと声をかけるし
足骨折して階段上るの大変そうな人がいたら
荷物持ちましょうかとか手つかまったら楽ですかとか
何かしら思うだろうし
そういう当たり前の感情は
人並みにあるのですが
一般論として
人の役にたちたい
っていうモチベーションがわからなかったんです。
今日でスクーリングが終わり
ひと段落したところで考えてみると
結局天秤にかけることなのかなと思います。
言い方悪いかも
つまり
おばあちゃんが荷物をもっている労力
私がその荷物をもつ労力
時間や状況などのタイミング
相手の感情(推測)
面倒だとかの自分にかかる心理的負担
そういうものを天秤にかけて
どっちに傾いたかで
じゃあ私が持ったほうがいいかな
とか
私出る幕じゃないだろう
とか
面倒だからいいや
とか
結論が出るんだと思います。
私が重い荷物を持っているときに
男性の手があると
持ってもらえることがあります。
これも、私は持てるけど
私が持つ労力
男性が持つ労力
心理的負担
私の心理
そういうものを天秤にかけて
その男性の天秤がどちらに傾いたかで
もってもらえたりもらえなかったり。
もちろん持ってもらいたいと思う私みたいなあつかましいタイプと
自分の荷物は自分で
という自立した方と
もっと非力で実際持ってもらわなきゃどうにもならないと思う人などがいるし・・・
すべてはそのバランスで
そのバランスを社会の中で保つために
介護や福祉という仕事があるのかなあと
なんとなくイメージしたりしてました。
きっと
人の役に立ちたい
人のためになりたい
そういう感情が
世間一般にむけてもてる人は
天秤にかけるときの
「自分の心理的負担」の項目の比重がすごく少ない人なんだと思います。
私に関していえば
それが自分の身内や身の回りで手の届く範囲でのことに関しては
比重が少ないけど
世間一般、抽象的に社会にむけて
ってなったときに
その比重がどれくらいなのか
まだわかってないんだと思います
何もかも
これから!
来週の現場実習にむかって
張り切って準備したいです

自己犠牲の精神なんて
何もないと思います


介護や医療に関わる人は
一般的に自己犠牲の精神が強く
人のために、という気持ちをもっているといいますが
(もちろんきっといろいろ例外はありつつ)
私はその一般的に言う
人のためになりたい
という気持ちがよくわかりません。
人のためになる
という言葉自体
私がいうとどうも傲慢で押し付けがましい気がして
なんだか身の程知らずというかなんというか・・
色々な状況や常識を見て予測をすることはできても
その人が本当にしてほしいことなんて
わかりようはなくて
それは健常者でも障害者でも関係なく。
ただ
道でおばあちゃんが重い荷物もって困ってたら
持ちましょうかと声をかけるし
足骨折して階段上るの大変そうな人がいたら
荷物持ちましょうかとか手つかまったら楽ですかとか
何かしら思うだろうし
そういう当たり前の感情は
人並みにあるのですが
一般論として
人の役にたちたい
っていうモチベーションがわからなかったんです。
今日でスクーリングが終わり
ひと段落したところで考えてみると
結局天秤にかけることなのかなと思います。
言い方悪いかも

つまり
おばあちゃんが荷物をもっている労力
私がその荷物をもつ労力
時間や状況などのタイミング
相手の感情(推測)
面倒だとかの自分にかかる心理的負担
そういうものを天秤にかけて
どっちに傾いたかで
じゃあ私が持ったほうがいいかな
とか
私出る幕じゃないだろう
とか
面倒だからいいや
とか
結論が出るんだと思います。
私が重い荷物を持っているときに
男性の手があると
持ってもらえることがあります。
これも、私は持てるけど
私が持つ労力
男性が持つ労力
心理的負担
私の心理
そういうものを天秤にかけて
その男性の天秤がどちらに傾いたかで
もってもらえたりもらえなかったり。
もちろん持ってもらいたいと思う私みたいなあつかましいタイプと
自分の荷物は自分で
という自立した方と
もっと非力で実際持ってもらわなきゃどうにもならないと思う人などがいるし・・・
すべてはそのバランスで
そのバランスを社会の中で保つために
介護や福祉という仕事があるのかなあと
なんとなくイメージしたりしてました。
きっと
人の役に立ちたい
人のためになりたい
そういう感情が
世間一般にむけてもてる人は
天秤にかけるときの
「自分の心理的負担」の項目の比重がすごく少ない人なんだと思います。
私に関していえば
それが自分の身内や身の回りで手の届く範囲でのことに関しては
比重が少ないけど
世間一般、抽象的に社会にむけて
ってなったときに
その比重がどれくらいなのか
まだわかってないんだと思います

何もかも
これから!
来週の現場実習にむかって
張り切って準備したいです

2008. 01. 30(水) 18:17





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